理事長挨拶

同志社大学商学部樹徳会
第12代理事長 南 美樹

同志社大学商学部樹徳会は 本年、創立100周年を迎えることができました。
この記念すべき年を迎えられたことは、ひとえに会員、先生、職員そして役員の皆様のたゆまぬご尽力とご支援、そして母校への深い愛情を注いでくださった賜物です。ここに衷心より深甚なる感謝の意を捧げます。
歴史を少し顧みますと、1926年、同志社専門学校高等商業部第二回卒業生が世話役となって同窓会が組織されました。当時の今出川校地の校舎にちなんで『徳照会』と命名されました。
その後、学生の増加により今出川キャンパスが手狭となり、学生、父母、同窓生、縁故者の寄付をもとにして、岩倉に用地を購入して新キャンパスが1929年4月に完成しました。当時の高商部の校舎が『樹徳館』と名付けられたので、これにならい、第4回徳商会総会において『樹徳会』と改称されることが決議されました。
そして第二次世界大戦をはさみ、1949年新制同志社大学商学部として今出川校地に再生しました。休止を余儀なくされていた樹徳会活動も商学部創立10周年の1959年当時の商学部長吉川貫二先生のご尽力によって、200名を超す会員が集まり、臨時総会が開かれました。新会則が制定され、『同志社大学樹徳会』と改め、卒業生が理事長となることを定め、川北貞一氏が選任されました(以前は校長が理事長を務められました)。
時は移り1978年、学生紛争も経て、学生(卒業生)気質も変わり、また、樹徳会館も撤収を余儀なくされ、活動は大きな曲がり角に来ました。そこで、商学部卒業生を理事長(第一回商学部卒業生 南寛一氏)として『同志社大学商学部樹徳会』と改称し現在に至っています。
ここまでの歴史は1979年9月に発行された『樹徳会への招待』に詳しく紹介されています。これは樹徳会会則第2条にある通り『本会は同志社大学商学部の発展に寄与すると共に教育の場を提供し、併せて会員相互の親睦と組織の充実を図ることを目的とする』ことの実践の歴史でもあります。
同志社大学設立の旨意に『所謂る良心を手腕に運用するの人物を出さん事を勉めたりき』とあり、これからも自由闊達な雰囲気の中、真に全世界に通じる同志社人の出現を願ってやみません。
これからの100年は、少子高齢化の進行、価値観の多様化、AIをはじめとする急速な技術革新など、かつて経験したことのない変化に富んだ時代となるでしょう。その中で、人と人とのつながりの価値が増々高まります。樹徳会が世代を超えた交流の場として、卒業生がお互いに尊重し学びあい、励ましあいながら、新たな価値を創造するネットワークとして発展し続けることを期待しています。
また、在学生への支援を一層充実させ、商学部との連携をより一層深めることで、次の世代を担う若者たちが大きく羽ばたく力となることも、私たち樹徳会の大切な使命です。100年の歴史を誇りとしながらも、それに安住することなく新たな一歩を踏み出して参りたいと考えております。
この4月には樹徳会館も耐震補強し改装されました。これからのアントレプレナーのインキュベーターとしての役割の一助となれば、とてもありがたいと考えています。商学部生のみならずオール同志社の若者に活用してもらいたいと思います。もちろん若者のみならず、幅広い年代の方々の憩いの場であり、成長の場として、ご来館くださることを切望しています。
この記念号が、樹徳会100年の歩みを振り返るとともに、多くの皆様が先人の志を受け継ぎ、未来への新たな決意を共有する機会となれば幸いです。
結びに樹徳会の更なる発展と、会員の皆様のますますのご健勝、ご活躍を心よりお祈り申し上げます。
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略歴
1960年9月京都市生まれ
1979年3月同志社高等学校 卒業
1983年3月同志社大学商学部(島ゼミ・鵬弘会)卒業
1983年4月ニチメン株式会社(現双日株式会社)入社
1989年4月株式会社南陽商会 入社
2014年5月同社代表取締役社長 就任
2011年~2020年学校法人同志社評議員
2026年~学校法人同志社評議員
現在 西部工業用ゴム製品卸商業組合理事、同志社校友会理事、京都支部常務理事
歴代樹徳会理事長(敬省略)
初代
川北 貞一
2代
高島 吉郎
3代
葛葉 正一
4代
栗林 弘
5代
平田 忠二
6代
南 寛一
7代
今村 淳
8代
髙橋 正昭
9代
城守 哲郎
10代
堀野 欣哉
11代
坂 光司
12代
南 美樹




